何故か辛い事は重なるもので、現在肉体的にも精神的にも疲れております。
月、火、金は体育でマラソン、最近部活も休みが無く、コンクールも出場し、英単語テストは補習決定、数学のテストは死亡、音楽のレッスンの為、片道2時間の距離を学校終了後行き来し(レッスンは約3時間)、明日はマラソソ大会、明後日は部活の本番(明々後日練習有り)
こうなるとなんか悩むもので、部活やめようか。まで考えてしまう。


昨日までやめるなんて有り得ない。と思っていた部活だが、こういう時じっくり考えると、何故自分が今まで部活をやっていたのか。これから続ける意味は何か。
一番気になったのは、この集団に自分が属して良いのか。ということ。


明後日の本番というのは、一年生は踊りで出るのだが、本当に自分は踊りが嫌なのだ。
なので踊りの時は本当につまらなそうにやっているし、動きも小さい。と怒られる。
仕方ないのだ、自分は踊りたくないのだから、誰になんと指導されようと、自分が踊りたい。と思わなければ皆のように楽しく踊る事は有り得ない。


物事をやる上でまず必要なのは、「やりたい」と思う事である。それがなきゃ出来る訳が無い。
何かを上達したいならば、上達したいと思う事が大切なのだ。矛盾してると感じるかもしれないが、上達したい気持ちを忘れてしまう事は多い。


少し話がそれた。戻そう。
その踊り、真面目にやっていて、本番を本当に成功させたい。と思っている人からすれば、恐ろしく迷惑でしかないだろう。
その気持ちはよくわかる。
もし、本番舞台で演奏する人を含めた人たちが、本気で踊り、演奏し、最高のステージを目指す。と全員が本気で思っているならば、私はその集団から外れなくてはならない。
しかし、そうで無いならば、別に私が適当に踊ろうが、文句を言われる筋合いは無い。

そこの見極めは難しいもので、口で本気でやりたいんだ。って言うのは実に簡単な事なのだ。
何せ言うだけであるからだ。
「本当によく頑張った、結果はダメだったけど、この経験は将来役に立つ」っていうセリフもあんま好きじゃない。
敗者のセリフである。
勝ったほうと負けたほう、どちらが本当に良く頑張ったか。当然勝った方に決まっている。
もし仮に負けたほうの方が努力していたのだとしても、それは努力不足なのである。同じ量努力したって人間は同じ量上手くならない。同じだけして勝てないなら、もっと多くやらなかった負けたほうが悪い。


あまり文章がまとまってなくて申し訳ないが、、だから「本気でやる」ならば、本当に本気にならなくてはならないのだ。
ウソで本気でやるって言うのは大嫌いである。日々の練習をサボっていた女が、吹奏楽コンクールで負けたときに泣くのとか最低だ。
なんでいつもサボっていたのに貴様が泣くのだ。意味が分からない。


あぁ。。本当に文章変で申し訳ないが、(つかこれ本当にただの日記だな。)
これをグルグルと考えていくと、部活もなんかウソだらけなのだ。
中途半端が一番嫌なのである。やる。って表面上言って、適当にやって最後「よく頑張った…」とかなるのが凄く嫌いなのだ。


まず明後日の本番サボろうか悩みどころである。その後部活どうするか悩みどころである。
疲れてるし生まれてこの方、用事も無いのにサボったことは無い(記憶の限り。友人との約束を忘れてた事はあるけどw)別にサボったって悪い事も無いだろう。というか、何で踊りたくも無いダンス踊りに金払って会場まで行かねばならないのだ。真面目に踊りたい方からしても迷惑だろうし。
部活もどうするか。。。悩む。。。悩む…。思春期らしい悩みが無いのもまた悩んでおくべきであろうか?(笑